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【募集】人権NPO全国交流会in長野
2007年11月06日

人権NPO全国交流会in長野
【1】主 催  NPO法人ダッシュ
【2】目 的
①部落解放運動の一つの展望でもある人権NPO活動について、全国の事例と交流する
②「一番バッター」を自認するダッシュの経験などを周知する
【3】日 時  2007年11月6日(火)午後5時半~8時ころ
【4】場 所  喰い処「志もだ」(電話026-228-6912)
JR長野駅から約2.4km、ビッグハットより約2.4km(車で15分程度)
【5】対 象  部落解放運動の中で人権NPO活動を実施・または関心のある者
【6】定 員  15人
【6】参加費  5,500円(飲み放題)


熊本ダッシュツアー報告6

「日本一の闘争小屋」と称された熊本県八代市の人権NPO「ちなもい」と交流

 昨年10月、熊本県で行われた部落解放研究全国集会に合わせて、その最終日の夜、ダッシュから参加した一行4人はハンセン病療養所の菊池恵風園を訪問した後(その詳細はダッシュレター第71号に掲載)、八代市に向かった。そこは部落解放同盟熊本県連八代支部が中心となって設立された人権NPO「ちなもい」が活動している所で、翌日に水俣に向かう途中で宿泊させてもらい、泊り込みで交流するためであった。(※「ちなもい」とは八代の方言で「一緒にやろう」という意味) 

 「ちなもい」との出会いは、2002年の鹿児島全研で初めて開催した「人権NPO全国交流会」にさかのぼる。2002年当時はまだ部落解放運動の中でもNPOの事例は少なく、ダッシュも人権文化センターの一部業務委託をうけてまなしの時期でもあり、そうした全国の「人権NPO」の経験を交流しようという自主的な集まりであった。それまでにダッシュツアーなどで受け入れや問い合わせのあった関係者に「どうせ、全研の夜は身内で一杯飲むのなら、人権NPOをめざす仲間が集まって一杯飲もう」という気軽な集まりであった。初回は、中央本部の谷元書記次長をはじめ、三重・高知・尼崎・滋賀などから約20人が集まった中に、「ちなもい」理事長の吉本さんの娘さんが参加し、「私の父が支部長で人権NPOを作っている」とのことだった。

 2回目の全国交流会は2003年の神戸全研。神戸は阪神淡路大震災のあとのボランティア活動で、NPO法人というしくみができる直接的なきっかけとなった場所でもあったので、震災救援や復興の取り組みの中から生まれた「市民活動センター神戸」を訪問し、その経験を学習した。その席には「ちなもい」の吉本理事長が参加された。吉本理事長は支部長でもあるが、教師出身でもあり、同和教育運動の仲間を中心に多くの会員を組織して、市行政からも事業を引き出して活動されていた。また、カンボジアの地雷撤去運動をしている現地NGOとも交流があった。

 3回目の交流会は2004年の三重全研。現地で活動するNPOにホスト役をお願いし、やはり20人弱が集まった。IMADRA-JCのスタッフも初参加したこの交流会にも、やはり「ちなもい」の吉本さんも参加していただいた。4回目は2005年の和歌山全研。和泉からも近いということで日帰りでダッシュからも多くのメンバーが参加したが、この回は広島県福山の「ゆにばーさる」と「ちなもい」、大阪泉佐野市の「ゆまにて」だけの参加となり、お互いの交流もそこそこに、広島のメンバーが持ち込んだギターでみんなが歌って大いに盛り上がった。このように2回目以降、常連となった吉本さんは「今度、熊本に来ることがあったら一度泊まって交流しましょう」といつも言っていただいていたので、今回の熊本全研では八代まで足を運ぶことになったのだ。

 しかし、約1万人が参加する全研の主会場は当然県庁所在地の熊本市になる。八代は熊本市からは1時間以上かかるので、全研の日程の間にはできず、最終日の夜に訪れることとなったのだ。当然ながら、一日延泊が必要で、結果的に第5回目の「全国交流会」はダッシュと「ちなもい」との交流会になってしまった。八代市の部落の中の集会所が会場となるので、場所がなかなかわからず、細い道をうろうろしていると、やっとそれらしい集会所があった。集会所に入ると「ちなもい」のスタッフが厨房で料理を作ってくれていた。準備ができるまで集会所の中に展示されているこれまでの闘いを紹介したパネル写真を見学。同対審答申以降、地区指定を勝ち取るまでの八代市との闘いの記録が生々しく、若き日の吉本さんが赤いはちまきをして、むしろ旗を立てた闘争小屋で演説している姿が印象深かった。写真の説明では元「解放新聞」の編集長であった土方鉄さんが「これは日本一の闘争小屋だ」と評している解説がついており、部落解放運動の胎動期の苦労を知らない我々は、生意気に「全国交流会」などと称しているが、我々の闘いの経験の浅さに少々恥ずかしかった。「大阪からきはったでぇ」という感じで吉本さんも登場して、吉本さん個人に何通も来た差別手紙に対する裁判闘争の記録や200ページにも渡る同和教育運動の記録誌「ちなもい」などの資料もいただき、闘いに対する信念の深さに改めて感銘した。当然のことながら、和泉においても先輩方のそうした闘いがあって今の我々がある。そうした部落解放運動の伝統を継承しているという自覚が必要なこと、都市型部落だけではない(全国的にはむしろ少数である)全国の部落の現状の多様性をしっかりふまえて、和泉の経験を発信することの必要性も痛感した。

 そのうちに料理もできあがり、メンバーも集まってきて、「ちなもい」のメンバー約15人くらいとダッシュのメンバー4人の「全国交流会」が始まった。ダッシュのメンバーも私以外に、地域福祉の取り組み、バングラデシュとの交流、チャイルドラインなどの子ども支援の取り組みなど多様な活動の広がりをもっていたが、「ちなもい」のメンバーも福岡の筑紫野から来た学校の教師や、教員退職後、不登校の子どものサポート事業をしている人、市役所に勤めている人、地場産業の酪農をしている人など多様な人々が参加しており、和泉と八代とでは取り組み方に違いはあるが、同じ想いをもった仲間がこうしてそれぞれの持ち場で闘っていることを再確認できて、貴重な経験であった。交流会終了後も、酒の勢いもあって話しは続き、「父が部落解放運動で突っ走っている間、どれだけ肩身の狭い思いをしてきたか!」とつぶやく娘さんの涙に、NPOといった何かスマートな形式をダッシュはとっているが、「本当にこれほどまでに信念をもって我々は闘って来たか?」と改めてふりかえらされたのである。そして、その日は集会所に雑魚寝をし、翌日の朝食もつくっていただき、早朝、我々は八代を後にして、水俣に向かったのである。(水俣の訪問についてはダッシュレター72号に掲載ずみ)

 こうした深い交流をもたらした「人権NPO全国交流会」は、初回ほどの新しい出会いはないものの、毎回、少しづつ違った形で実施している。で、今年の長野全研でも以下のとおり、開催を呼びかける予定だ。長野の現地のNPOとの交流も深めたいが、全研の受け入れで忙しいさなかでもあるので、今回は前々回と同様、居酒屋を会場に、飲んで交流する予定だ。なお、日程はいつもの全研2日目は「モツ・サミット」という行事が入っており、むしろ初日の夜にある「全国出身教師交流会」がないので、11月6日に開催する。参加を希望する人権NPOはぜひご参加ください。

投稿者 yoshioka : 06:06

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